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歴史的アプリオリと人文学の素養

数学の公式ですら、歴史的条件によって持っている意味が違います。 

例えば三平方の定理で考えてみましょう。 
時代を三つにわけて、三平方の定理が全く知られていなかった時代(Aの時代)、ピタゴラスが三平方の定理を発見した瞬間(Bの時代)、現代(Cの時代)とわかりやすく三つ考えましょう。 

仮に数学が発達せずに三平方の定理が知られていないAの時代に、三角形がこういう性質を持っているなど知っていても、おそらくなんの役にも立たないでしょう。数学の発達なくして有用性もなく、計算にも役立たたないのです。 
逆に数学が発達しつつあったBの時代だからこそ、ピタゴラスが三平方の定理を発見したことは意義があったのです。その定理のおかげで、わざわざ複雑な計算を考えるときにずいぶんショートカットできるようになったりしたし、現代でも数学を学ぶ上で必須だし、幾何学の発展に大きく寄与した事実は捨てられないのです。 
そして、現代Cの時代においては、中学生が学ぶべき定理として、こんな発見は常識以外のなにものでもない。でも、有用性が捨て去られたわけでもないのです。 

このA/B/Cの時代というのは、実はキルケゴールがよく使う考えです。実際はもう少しキルケゴールは複雑に素描しますし、信仰に関することなのでわかりにくいことも多いですが、そういう実際生きている時代的制約を考えずに読むのは、人文学の書ならば無理があります。 

キルケゴールとは直接関係しませんが、フランスのミシェル・フーコーはこの性質、つまり超越論的アプリオリですら、歴史的な制約を受けることを指摘して、歴史的アプリオリと名付けました。 

1人の哲学者の読み込みも大事ですが、わからなかったらわかってる人に聞いて、自分が違うと思ったところをぶつけてみる、それが一番学問においては大事です。ただし、聞くうえで、キルケゴールを読んだこともないのに、キルケゴールを読んだように装うのはやめましょう。

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プロフィール

Satoshi Takahashi

Author:Satoshi Takahashi
すべての出会いに感謝いたします。
いろんなことを考察し、可能性を明らかにするブログです。
すべて正しいことが書いているとは限りませんし、逆にすべてが間違いでは絶対にありません。
可能性を信じましょう。そして、もちろん人間の善意も信じます。

大航海時代オンラインでは、『アンチ・クリマクス』『あれかこれか』『レギーネ・オルセン』『S・ヴェイユ』『ヨハネス・クリマクス』『S・キルケゴール』『沈黙のヨハネス』として活動してました。